岩崎 健/2015年入局(鳥取大学医学部卒)【2026年インタビュー】
私は、内科開業医であった祖父の影響を受け、幼少期から医師を志していました。病理医という仕事を初めて知ったのは、高校の授業の一環で母体の大学を見学したときのことです。解散後、当時その大学の病理学教室で勤務していた叔父を、アポイントもなく訪ねました。叔父は丁寧に対応してくれ、病理医の仕事を実際に見せてくれました。顕微鏡で見える組織像から、良悪性という患者さんの人生を左右する診断が次々と導き出されていく様子に、大きな衝撃を受けました。
将来の仕事として強く意識するようになったきっかけは、学部生時代の研究室配属です。病理学教室で症例報告を書かせていただけることになり、授業が終わった後も自然と教室に出入りするようになりました。大学院生の研究のお手伝いを始め、やがて自分自身でも研究に取り組ませていただき、国内学会・国際学会での発表、さらには原著論文の執筆という貴重な経験をさせていただきました。今振り返ってみると、多忙な中でそのような機会とご指導をくださった鳥取大学分子病理学教室の先生方には、感謝の気持ちでいっぱいです。(病理は横のつながりも強く、今も鳥取大学病理学教室には共同研究でお世話になっております。)
病理学教室に出入りするうちに、「目の前の組織像の中に病気の本質があり、それを読み解くことで診断に至る」という病理学の魅力に強く惹かれていきました。一方で、病理診断に携わりたいという思いと同時に、分子生物学や生化学といったより基礎的な研究にも挑戦してみたいという気持ちもありました。
そこで、出身地である福岡にあり、基礎医学研究室が充実している九州大学の形態機能病理学教室を見学することにしました。若い人が多く、病理医以外の大学院生も数多く在籍していること、そして施設規模や症例数の多さに圧倒されたのを覚えています。九大出身ではない私は不安もありましたが、大変フレンドリーに迎えていただきました。後になって知ったのですが、かつて私に病理医の仕事を見せてくれた叔父の出身教室でもありました。
卒後は九州大学病院で初期研修を開始しました。さまざまな診療科をローテーションする中で、臨床医としての道と病理医としての道の間で心が揺れました。救命救急、腫瘍内科、病理と進路に悩みましたが、一見関連のなさそうなこれらの診療科に共通していたのは「全身の疾患を診る医師でありたい」という思いでした。
最終的な決め手は、研究と診療を両立させながら長く続けられる可能性が最も高いのはどの分野か、という視点でした。そう考え、病理の道に進むことを決断しました。
形態機能病理学教室は、九州大学病院をはじめ症例数の豊富な関連施設が多く、幅広い病理診断経験を積むことができます。また、私の希望で大学院時代には基礎医学研究室へ出向させていただき、現在は研究と診療を両立した働き方ができています。やりたいことに挑戦させてもらえる教室だと感じています。
病理診断は多くの患者さんの全身臓器を扱いますが、臨床医の先生方から検体が届いてから診断書を発行するまでの時間(TAT)に影響しない範囲であれば、診断の進め方や時間の使い方を自分の裁量で調整しやすいという特徴があります。もちろん、術中迅速診断など時間の読めない業務もありますが、時間外の突発的な呼び出しは基本的にありません。そのため、診療と研究を両立したい方や、小さなお子さんのいる方にとっても働きやすい環境だと思います。
診療面では、自分の診断や提案した検査が患者さんの治療に生かされたときに、大きなやりがいを感じます。研究についても、大学病院でなければ難しいと思われがちですが、病理医が在籍する施設は症例数の多い大規模病院が多く、日々の診断がそのまま研究につながることが少なくありません。日常診療で培った組織診断の技術を生かし、他領域とのコラボレーション研究が行いやすい点も大きな魅力です。
少しでも興味を持たれた方は、ぜひ一度見学にいらしてください。病理には、さまざまな道が広がっています。